第2回

この度、縁あってパスツール研究所のある教授のご紹介でパリの循環器疾患治療の中核を担うHôpital Georges Pompidouへ見学に行かせて頂いたのでご報告させて頂きます。そもそも、私は渡仏する直前まで循環器内科医として臨床現場に従事しており、基礎研究に打ち込むことが勿論渡仏した目的でしたが、臨床と断絶した環境になってしまう事は少し懸念しており、当初よりパリの循環器医療の現場を見てみたいと願っていました。偶然、循環器系の研究室と多くの共同研究をしていらっしゃるパスツール研究所の教授と面談させて頂く機会を頂き、熱意をお伝えすると、快くHôpital Georges Pompidou病院を紹介して下さり、その後、特に人工心臓移植の分野で常にフランスの心臓外科界をリードするPr.Fabianiが周術期をフォローする専門の循環器内科のチームのDr.Florensとの病院見学が実現して下さいました。

まず、このように、周術期のフォローや手術適応を判断する専門の循環器内科医のチームがあることに驚かされました。専門医として活躍していたのは女性三人、心臓超音波の専門医であり、研修医や臨床実習の医学部の学生(日本の研修医なみの責任ある仕事を既に持たされている)を含めると合計約10人体制です。私の知る限りでは、日本では虚血性心疾患、不整脈、心不全等大きなくくりでの専門性は循環器内科医としての経験を積めば積むほど分かれていきますが、自分の「狭義」の専門外でも循環器内科疾患であれば「広義」の専門であり、患者さんが来院すれば診察する事が当然であると思います。しかし、彼女達は一般外来に来院、または救急搬送される循環器疾患は一切診ません。周術期管理に徹底しており、その分心臓外科チームとの絶対的な信頼関係が成り立っています。

一日はまず当直医師からの循環器内科医同士の申し送りから始まります。この日は比較的入院患者の数は少なく、Dr.Florensの担当患者は約10人でした。疾患としては、弁膜症が最も多く、次いで、虚血性心疾患、そして大動脈疾患でした(人工心臓を埋め込まれた患者さんはいらっしゃいませんでした)。申し送り後、すぐに朝の回診と包交処置(術後約三日後からは全て循環器内科医が行うらしい)を行い、必要であればすぐに心臓外科医に連絡し、心臓外科医もフレキシブルに対応し、両者のコミュニケーションは徹底しています。その後心臓超音波の回診も行います。絶えず動いている心臓の状態を判断するために、心臓超音波は患者さんにとっても負担が少なく、形態的な情報のみならず、血流速度や方向も分かるため、循環器疾患を抱える患者さんの極めて有益な情報を得ることができます。その分、心臓超音波は他の臓器の超音波に比べ、比較的時間がかかりますが、このように常に回診の段階で超音波をみて疾患の経時的変化を追うことの重要性を改めて認識し、日本ではそこまで時間を持つことができなかった自分自身に反省しました。そして、退院も、基本的には循環器内科医が判断します。ここで徹底していたのは、同院では、超急性期以外の周術期管理は一切行いません。つまり、心臓リハビリテーションやその後の細かいフォローは全て転院先にお願いします。糖尿病、慢性腎不全、患者さんの様々な合併症を考慮し、転院先は様々ですが、極めてスムーズに病院同士の連携が取れている印象でした。回診、オーダーの入力等を終えると瞬く間に午前中は終わり、午後はDr.Fabiniの回診だと聞いていたのですが、Dr.Florensに一本の電話が・・・手術室より心臓外科チームからの術中心臓超音波の依頼でした。これに関しては、私は全くの初見でしたので、かなり興奮しながら手術室に入って行きました。僧房弁逆流症の患者さんについて、僧房弁形成をするのか置換をするのか、大動脈弁は手をつけるのか、術中の心臓超音波を見ながら循環器内科医の意見をほしいとの依頼でした。術中に3Dエコーまで行い、術者とディスカッションしている様子は極めて斬新でした。その後、Dr.Fabiniの回診に参加し、私はどうしても研究室で実験があったため、同院を後にしました。今回、フランスの最先端の医療現場を拝見させて頂いたことは私にとって大きな刺激となりました。今後も、何度でも実習しにきて良いとおっしゃって頂いたので、まだまだ質問したいことや拝見したいこともありますし、実験が落ち着いた頃に、できればまとめて数日伺わせて頂きたい(一週間の流れを拝見し、同一の患者さんの経時的な変化を追う為)と心より思いました。

パスツール研究所には、研究所内だけではなく、このようにパリのトップレベルの医療や研究機関との思わぬ出会いが潜んでおり、自分にやる気があれば、ラボヘッドの方々は惜しみなくそのご自身のコネクションを活用し、紹介等してくださいます。日頃から目標を明確にし、積極的にアンテナをはっていることの重要性を改めて実感しました。