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フランス人は数を数えるとき、手を握ったあと親指から開いて数えます。親指を一本立てると「1」の意味です。まちがって日本式に人差し指で「1」を指し示したりすると、「上の方に何かあるの?」という感じにみんな上を向いてしまいます。また、フランス語では男性名詞と女性名詞で「1」の言い方が違うので、しばしば「1」に苦労させられます。例えばフランスパン(バゲット)は女性名詞なので、1本フランスパンを頼みたいときはUne baguette, s'il vous plaîtですが、早とちりしてクロワッサン1個を同じようにUne croissant, s'il vous plaît と頼むと、Uneとdeuxの発音が似ているために必ず2つ来ます(正しくはクロワッサンが男性名詞なのでUn croissant)。1個頼んでいるのに!と思って人差し指を立てると、今度は皆そろって上を向いて「なに???」
ああじれったい!
私がフランスに着いたのは大晦日の夜でした。スーツケースをホテルに置いて、すぐにエッフェル塔に足を運んでカウントダウンを観に行きました。とても寒い夜でしたが、ライトアップされたエッフェル塔がフラッシュで光り輝く様がとても綺麗で、これからのパリでの生活を期待して胸が高鳴る思いでした。しかし次の日は元旦だったのでパリのほとんどの機能が停止しており、何も手に入らず、一転してとても苦労しました。予想していたよりも英語が通じず、私がフランス語を話さないと知ると舌打ちされたりしました。「フランス語をちゃんと習ってくるんだった」と反省したのですが、すべては後の祭りでした。
研究所では基本的にほとんどの会話はフランス語です。研究に関する事だけ「しかたなく」英語で話す状況なので、昼食を同僚と一緒に食べる時に寂しさが募ります。英語で話すという単純で簡単なアイデアをどうしてもひらめいてもらえない。したがって会話に入るのは至難の業です。ラボ内のセミナーなどは英語ですが、油断しているとフランス語になってしまうので、そういうときは「英語で話して!!」と必死にリクエストしていました。どんなに要求しにくい雰囲気でも頼むべきです。黙っていると理解していると勘違いされます。多くのフランス人はあまり英語が得意ではないので、フランス語で話すのはしかたのないことだと思いますが、彼らは私達の言葉がわからないことからくる不安を全く分かっていない。ひるがえって、過去に日本に留学してきた留学生の事を思い出しました。彼らはとても不安だったにちがいありません。日本の研究者は英語を話す事ができますが、べつに話したいわけではありませんから、日本とフランスで英語の状況は似ていると思います。
以上のような状況が分かったので、フランス語を真剣に習い始めました。フランスにいるおかげで学習効率がかなり良いので楽しいです。また、フランス語を話す東洋人男性が少ない事もあって、人物評価が非常に上がります。習い方はいろいろあると思うのですが、研究所で紹介してもらえるクラスや、パリ市が主催しているフランス語クラス、それに加えてインターネットで検索すればプライベートなフランス語レッスンを受ける事は簡単です。フランス語を勉強している日本人の友達を作るのも良いと思います。英語を知っている方なら習得は早いと思いますが、とても難しいです。何回も挫折しそうになったりしたのですが、ついに先日のこと、研究所で健康診断を受けた時にたどたどしいながらも全てフランス語で受け答えする事ができました。そのとき女性医師に「ムッシュがフランス語を話せるのがトレビアン」とお褒めいただいたのがうれしかったです。調子に乗ってフランスが楽しくなりました。まったくげんきんなものです。それでもまだ同僚が自由に話しているのを聞き取るのは難しいですが。パスツール研究所では多くの機器が共通機器になっているために、実験するときに研究室を行き来する必要がありますが、専門のプラットフォームが充実しており、そのたびに専門性の高い研究者の方に相談をする事ができるので、研究の効率は高く維持されていると思います。使用頻度の高い試薬に関しては研究所内の売店で扱っており、うっかり切らしてもすぐに手に入れることができます。さすが世界を代表する研究所だと思うのですが、世界各地から来た研究者のとても高いクオリティーのセミナーが毎日のように開催されていますので、実験の合間を縫ってセミナーを聞くことで新しい知識や刺激を得る事ができます。一部はフランス語でのプレゼンなのですが、スライドは英語で書かれていたりする事があるのと、かしこまった言葉に関しては英語とフランス語は似ていますので、興味のある分野ならばあきらめずに聞くとかなりの部分を理解する事ができます。また、フランスでもパーマネントポジションをとるのはとても難しいので、ポスドクの悩みも大抵同じです。競り合い、助け合える仲間ができました。
フランス生活のはじめの一歩はただでさえサバイバル経験に近いものがあります。そのような状況の中、研究を滞りなく進めるのは非常に難しいと言えるでしょう。したがって日本人研究者との横の繋がりは大切です。二ヶ月に一回ほどパリ近郊の日本人研究者が集まってセミナーをしています。「日本語話者」という括りで集まっているので、日本ではあまり聞くことのなかった分野の話を聞くことができて刺激的です。色々と苦労する事が多いということは皆よくわかっているので、出来る範囲で相互に助け合っています。生活面でわからないことがあったら、無理せず他の日本人に聞いたほうが効果的な場合も多々あります。フランスに来る前の手続き、来た後の手続き、住む場所の探し方、などはパスツール研究所の事務の方も助けてくれましたが、日本人研究者の方に助けていただいたおかげで、非常にスムーズに運びました。
日本人コミュニティーの中にどっぷりと入り込んでしまうとフランスに来た意味がないので、積極的に誰とでもコミュニケーションを取るように務めています。ちょうど今週末はSalon des Vinsといういわゆる「ワイン祭り」のようなものがパリ近郊で行われるので、フランス人の同僚と一緒に行く予定です。6ユーロでワイングラスを受け取ると、会場の中ではフランス各地590箇所のワイナリーからのワインをテイスティングし放題です。気に入ればその場で買うことができます。テイスティングのあと吐き出すか飲み込むかは個人の自由です。が、くれぐれも飲みすぎないようにしないと。
最近、日本語で「ありがとう」と言うと、思いのほか喜ばれることがある事に気がつきました。最後になりましたが、私にこのチャンスを与えてくださった日本パスツール協会とフランス政府に心より御礼申し上げます。これからも、様々な事にチャレンジしてゆこうと思っています。